まちづくり

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平成28年度立地適正化計画について

 さる2月9日南国市都市計画審議会が開催され、平成28年度南国市立地適正化計画の原案が一部内容修正の上、可決されました。

都市再生特別措置法の改正により立地適正化計画制度が創設されたことから、南国市版の「多極ネットワーク型コンパクトシティ」を実現するため、として南国市立地適正化計画が策定されることになったものです。

 その内容は、策定の背景から、南国市の、人口特性・公共交通・生活インフラの分布の現況の分析に始まり、南国市都市計画マスタープランとの整合性を図りつつ、よりコンパクトで利便性の高い将来都市像を目指すというものです。

 具体的には、都市機能誘導区域を南国市役所周辺と緑ヶ丘周辺の二箇所に設定し、立地または保全を図るべき生活サービス施設として、病院や商業施設、金融機関などを誘導施設として指定し、都市機能誘導区域外の地域で建設等を行おうとする場合には、市長への事前届出が義務付けられており、市長は必要な場合に勧告を行うとし、誘導施設の立地が区域外で行われることを抑制することを目的としています。

 県東部と嶺北地域を含む広域経済圏として南国市に進出意欲を持つ大手量販店等は、南国インターと南国南インターを結ぶ東道路周辺に計画することがベターなマーケティング戦略だと考えているようです。

 様々な条件やタイミングから現時点まで実現には至っていませんが、今後同じくこの地域に出店計画する企業が現れた時に、立地抑制すると大きな目で見て南国市にとって不利益ではないでしょうか。

 もとより南国市の住民だけをマーケットとして見ていない広域経済圏前提の店舗ができたところで、南国市の人口分布がスプロール化するとは考えにくいのですが。


まちづくりの基本姿勢としてコンパクトシティは正しいのか。

 今後の都市将来像を予想するという点では、担当課の認識に不安を覚える場面がありました。

 それは病院の立地について、地価の高い市内中心部における病院の建設は難しいのではないか、と質問させていただいた際に、担当課職員から「病院の新設立地を想定してのものではなく、(表現は悪いが)、すでに誘導区域内にある南国中央病院と北村病院を逃さない、ということも考えている」との答弁がありました。その表現が将来の都市像を語るにふさわしいものであるかどうかは別として、病院が建て替えにあたって、取り壊しから新築まで数年間休業して現位置で建て替えをするはずがないことは誰にでもわかります。

 南国市を愛し、真面目な職員であればあるほど、コンパクトシティなんて間違いだと感じているはずです。つきつめて行けば県下的には高知市だけに機能集約すればいい。

 日本全体で見れば首都圏に機能集約するのが一番効率がいい、ということになってしまいかねません。

 南国市が特色ある地方都市として生き残っていくために捨ててはならない理念は、均衡ある地域の発展ということではないでしょうか。

 優秀な職員ならば、本音としてはそのことは十分に理解しており、国のすすめるコンパクトシティ構想に胡散臭いものを感じているからこそ、つじつまを合わせようと無理をして逆に論理的に破綻し、めちゃくちゃな説明になってしまう。お気の毒だと思います。

 札幌市・稚内市・青森市・仙台市・富山市・豊橋市・神戸市・北九州市などの各市は、コンパクトシティを政策として公式に取り入れていますが、残念ながら成功したという話を聞いたことがありません。

 かつてコンパクトシティの成功例として取り上げられた青森市には、高知市議時代に視察しました。当時、青森市駅前の中核複合施設「アウガ」の自慢話を延々と聞かされた記憶があります。

 そのアウガのショッピングフロアは2017年2月28日に閉館し、経営問題で市長は辞任し、活用方法は混迷を極めています。

 アウガには「index」、「PAGE BOY」、「ESPERANZA」、「ヴィレッジヴァンガード」など、青森市周辺では当ビルが唯一の出店となっている店舗やブランドが数多くあり、アウガは若者を中心市街地に呼び込むことの出来る貴重な店舗でした。

 また、館内には青森市中心部で”唯一”となるゲームセンターが出店していたほか、1階の特設会場で人気アニメ「おそ松さん」のショップが期間限定で展開されるなど、青森におけるサブカルチャーの中心地としても存在感を示していました。

 コンパクトシティを標榜する青森市では、2006年より郊外地域には厳格な出店規制が敷かれているため、いわゆる近代的な「郊外型ショッピングモール」は存在せず、市内で最も大きな郊外型商業施設である「イオン・サンロード青森」も1977年開店と、イオンとしては非常に古い”前近代的”な店舗となっています。

 政策によって郊外の商業施設が規制された上に、政策によって造られた中心部の商業施設も、消えてしまおうとしている青森市。少子高齢化が深刻な同市だけに、アウガの商業床が閉館すれば、中心市街地から若者の姿が大きく減ることは避けられないばかりか、アウガ閉館後の移転先が見つかっていないテナントも多くあります。

 「街中でプリクラも撮れない女子高生」「郊外に移転するモールがないテナント」の恨み節が聞こえてきそうです。


 富山市が全国に先駆けて導入した次世代型路面電車、LRT(Light Rail Transit)。

朝8時30分中心街を循環するLRTの環状線には通勤ラッシュの時間帯でありながら、乗客は10名ほど。LRTは人通りのまばらな目抜き通りを軽快に走り、沿道には富山国際会議場や建築家・隈研吾による富山市ガラス美術館など、真新しい建築が整然と連なっています。

 LRTも整然とした町並みも美しいジオラマのような風景です。富山市が2002年から全国に先駆けて推進してきた「コンパクトシティ」政策の賜物です。

 富山市のコンパクトシティのコンセプトは、都市機能を高密度にまとめ、徒歩や公共交通での移動がしやすい都市形態を目指し、LRTなどの公共交通を再整備し、駅前や中心街を再開発によって活性化しながら、散らばった居住エリアをゆるやかに中核拠点に寄せていく、というものですから南国市の目指している立地適正化計画に近いものがあります。

 富山市の市街地は1970~2010年までの40年間で約2.1倍に拡大。一方、人口は2005年をピークに減少へ転化しました。現在約42万人を抱えるが、人口密度は全国の県庁所在地で44位の1平方kmあたり337人(新宿区は1万8300人)まで低下。激しい郊外化が進んでいました。

 市の試算(2004年)では、郊外化で人口密度が今の半分にまで低下すると、住民1人当たりの道路や下水道の維持更新費は2倍になるといいます。富山市都市整備部都市政策課の担当職員が語るところによると。

 「人口減少などで税収が減る中、街のすみずみまで道路や学校をこれまでと同じように維持管理していくのは無理があります。また、人が減ったことでスーパーや病院、公共交通などが撤退すれば、暮らし自体も困難になる。コンパクトシティはそれらの諸問題を解決する処方箋だった」

 南国市の担当からも同じことを聞きました。

 政府による強力な後押しによって本格化してきたコンパクトシティ政策ですが、その効果には疑問の声もつきまといます。2016年7月、総務省が行った「地域活性化に関する行政評価」で、「中心市街地活性化基本計画」は評価対象とした44計画のうち目標を達成できた計画が「ゼロ」と判明し、他の地域活性化手法と目標達成度に明らかな差異があることを重く見た高市早苗総務相が、関係省庁に改善を勧告する事態となっています。

 県庁所在地や大都市と言っていいこれらの市ですら、巨額の投資コストに見合う効果も含め成功には程遠い状態でありますから、5万、10万人口規模の地方都市でコンパクトシティの成功例を残念ながら見つけられませんでした。

 岡山県津山市(106,525人)や三沢市(41,260人)の失敗例などコンパクトシティの失敗例はすぐに見つかります

 コンパクトシティについては東洋経済ONLINEにこのような記事が載っていましたのでご紹介をいたします。

 なぜ官は「目玉事業」を作るのか

 「官」が新たに地域政策に取り組むときは、必ずといっていいほど「目玉事業」をつくりたがります。それは、全国の見本となり、その事業(政策)がいかにその地方に必要であるかを具体的に示す材料が*なければ、「そもそもそんな政策は必要なのか」という指摘を受けてしまうからです。

 政策の有効性を示すためにも、そうしためぼしい政策の文脈にのっている自治体を選定し、重点的に税金で支援を行い、さもその取り組みが成功しているように見せるという方法を取る場合があります。この時に生まれるのが「官製成功事例」なのです。

 この方法の大きな問題は、あくまで「成功」は予算投入時などの一時期だけということです。その後失敗が明らかになると、地域のお荷物事業になってしまうことが多く、財政的にも政治的にも地域に大きな歪みを残してしまうことです。

 さらに、「成功事例」として取り上げてしまうことで、全国からの視察見学が集まり、「実は失敗している事業」を成功だと思い込んで、複数の地域がパクってしまうことです。こうして、「全国レベルでの失敗の連鎖」が生み出されてしまいます。

国土交通省の「限界集落」レポートの問題点

 もともと限界集落という言葉は、高知大学の大野晃教授が1991年に最初に提唱した概念。大野教授の研究では林業の衰退と再建をテーマにしていました。輸入木材によって日本国内の林業は衰退し、山村の人口減と高齢化、それにより、手入れの行き届かなくなった人工林の荒廃、さらには集落そのものの消滅が進みつつありました。大野教授は、集落の実態調査を進めてゆくうち、その現状を指摘するためには「過疎」という用語では実態とずれていると思ったそうです。そこでより深刻な実態を指摘するため、敢えて厳しい批判を受ける事を覚悟の上で「限界自治体」「限界集落」という用語を生み出すに至りました。

 限界集落という呼び方には批判もあり、国の公式文書にはこの語は用いられておらず

「基礎的条件の厳しい集落」、「維持が困難な集落」といった表現が採用されています。

 限界集落の概念は大野氏自身が言うように、それは注意喚起のためのものでした。このまま放っておけば危機が来るかもしれませんよという、将来のリスクを示すものだったのです。しかしその警告から20年以上経って、集落が現在もいまだに維持されていることを考えると、この「高齢化→限界」図式による集落消滅の予言は当然のことながら再検討されなければなりません。

                       


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限界集落の真実―過疎の村は消えるか? (ちくま新書)

山下 祐介

 経済学者で京大名誉教授の伊藤光晴氏が「過疎の村のほとんどは、消えるどころか、問題もなく存続している。戦後の日本の人口移動を正確にとらえ、アカデミックな実証研究の上に立つ力作」と紹介していたのが山下祐介著『限界集落の真実 ― 過疎の村は消えるか?』(ちくま新書)という本です。

 消滅しそうな集落などいったいどこにあるのか?「限界集落はどこも消滅寸前」は嘘です。高齢化が進み、いずれ消滅に至るとされる「限界集落」。だが危機を煽る報道がなされているのに、実際に消滅したむらはほとんどありません。そこには逆に「限界集落」という名付けをしたことによる自己予言成就―ありもしない危機が実際に起きる―という罠すら潜んでいます。

 おカネの次元、ハードをいかに整備するかということに問題を矮小化するためのロジックであるような気がします。

悪質なデマゴーグとしての限界集落論

 2007年8月に国が発表した、過去7年の間に、過疎地域だけで191の集落が消えたという数字『国土形成計画策定のための集落の状況に関する現況把握調査』は、メディアでセンセーショナルに取り上げられ、何度も繰り返し報じられました。

 しかし、その内容を見てみると、ダム・道路による移転や集団移転事業、自然災害等が含まれており、高齢化のために共同生活に支障が生じ、消滅に至った集落が191あったというわけではありません。それどころか、調べた限りでは高齢化の進行による集落消滅は、全国の中でまだ一つも確認できていません。

 限られた予算でハード整備を行うには、限界集落のような、効率性の悪い地域には、この際消滅してもらった方が良いのではないか、そうした悪意のようなものさえ感じます。

 こうした本音が見え隠れするせいでしょうか。平成28年度南国市立地適正化計画(案)のII-2将来都市像の検討(3)本計画における拠点および公共交通軸の配置4)集落拠点の考え方、本文中、「…。このことから、中心拠点等への都市機能の集約と集住の誘導を基本としつつ、既存集落等に住み続けることを希望する住民や移住者等を対象として‥」という上から目線の表現は、都市計画審議会会長からさえ強烈なダメ出しをくらいました。


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